10月号

司祭のことば 今月の予定 ご報告 その他

司祭のことば
 
 私たちは、夏に平和旬間をおくりました。また、ミサに与る度に、『主の平和』と挨拶を交わします。マタイ福音書には、『平和を実現する人は幸いである。』(5章9節)と、イエスは語られています。が、私たちは、本当にイエスが語られた平和、いやイエスが私達に示された平和について理解しているでしょうか。私たちが生きる現代、特に日本の「世間」という特殊な社会の中に派遣されている私たちにとって、聖書を通して、イエスがしめされた『主の平和』を見ていきましょう。
 年間第20主日の福音ルカ12章49から53節に、このヒントがあります。この福音のテーマは、イエスによって始まっている神の国を受け入れるか、否かという決断を求めるところです。
 ここで、51節に「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。」ここでイエスがいわれる「平和」は、イエスが語られる「あなたがた」が考える「平和」で、私たち読み手にも相当しましょう。この「平和」は、争いが避けられ、表面的に平穏が保たれているだけの状態であり、対立と緊張を覆い隠した平穏無事な平和です。だからこそ、イエスは、「そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。」といわれます。私たちが考えている世間的な平和を云っておられるのではないのです。
 では、イエスの語られる平和は、具体的にどのようなものでしょうか。このルカ福音書の平行箇所のマタイ福音書では、10:34 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」こうも語られています。イエスが地上に来た訳は、分裂とか、剣をもたらすためとあります。かなり、物騒な云い方をイエスはなさっています。私たちは平和を考えるとき、「分裂」とか「剣」というものは、平和と反対のイメージと心に浮かべましょう。しかし、イエスの示された平和には、この分裂とか剣が関係するとおっしゃっているのです。でも、主の平和が無いわけでは決してありません。主の平和が、分裂を通して実現されるのでしょう。なぜなら、『平和を実現する人は幸いである。』(マタイ5章9節)といわれたのは、正にイエスなのですから。
 そこで、イエスが語られたこの状況を、今一度思い起こしてみましょう。このイエスが語られた人々は、つまり、ここでの聞き手は、病気や生活苦を抱える貧しい民衆でした。当時のユダヤ社会において、社会の底辺にも属さない人々でした。当時のユダヤ社会では、たった6%の人々が支配階層と、中産階級(自分の財産所有)で社会の中心を占め、残りの94%の人々が、その周辺に追いやられていました。ファリサイ派の人々や律法学者の人々は、この6%の社会の上層階級に属していました。しかし、イエスは、このユダヤの社会枠の外に追いやられた人々、罪人と見なされ人々に語られているのです。つまり、彼らはその日食べることで精一杯で、無論文字も読めず律法自体も知らない人々でしたから、ファリサイ派の人々や律法学者から「穢れた者」として罪人と見なされ、ユダヤ社会からのけ者とされ差別されていた人に語られたのです。自らの意思で罪を犯している人々というのではなく、社会構造上まさに、神との関係を失っている人々でした。そこで、イエスは、『平和を実現する人は幸いである。』(マタイ5章9節)と語られたのです。イエスは、「痛みを知る貧しく小さくされたあなた方だからこそ、自分たちの感性で行動を起こすとき、それを平和のために働いているのだ。間違いなく神が一緒に働いてくださる。」といわれているのです。貧しく小さくされたあなた方が待ち望む世界こそ、本当に平和な世界であり、神が望む平和なのだ。だから、それを実現するために行動を起こしなさい、という意味なのです。
 また、ヨハネ福音書では、『私は、平和をあなたがたに残し、私の平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。』(14:27) つまり、イエスが示された『主の平和』は世間一般的に考えられている「平和」ではないのです。お互いが少しずつ我慢し忍耐しあって歩み寄り妥協することによって折り合いをつける平和ではないのです。世間の常識をくつがえすものなのです。だからこそ、主の平和を実現するには、分裂・剣という私たちが平和を考えるときに全く結びつかない状況を経て実現するものなのです。真理をあいまいにするバランスの平和ではないのです。ましてや、社会的弱者を犠牲にして和解する平和ではないのです。
 貧しく小さくされた人たちに「抑圧からの解放をもたらす」(福音)神の正義を土台とするのが、『主の平和』なのです。それは、すべての人が「人として大切にされる」「喜び」のある平和なのです。だから、世間的な平和とまったく違うものなのです。分裂や敵対の現実をあらわにさせ、本物の平和を実現されることを求められたのです。だからこそ、イエスは、当時のファリサイ派の人々や律法学者の人々との敵対的な対立と、緊張関係になり、十字架へと向かわされていったのです。見せ掛けだけの偽りの平和の実態をイエスは明らかにし、貧しく小さくされた人々を人として大切にする正義(抑圧からの解放)を土台にして行ったのです。犠牲を払ってでも、例外なしにすべての人が人としての尊厳をもって日々生活のできるような正義に根ざした解放と喜びの平和を実現しなければならないのです。その実現の過程で、緊張や対立が起きても、必ず乗り越えることができるものなのです。なぜなら、その分裂や対立が神のことばに従っているかどうかの反省する機会になるからです。
 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、/娘を母に、/嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。」(マタイ10:34〜36)と言われた所以です。また、「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。」(ルカ12:49)と。つまり、イエスが投ずる火は燃え盛る聖霊であり、私たちに主のみ旨を識別する力を与え、私たちを罪から清めるのです。偽りの平和ではなく、主キリストが示されたように、私たちキリストの弟子として、貧しく小さくされた人たちに「抑圧からの解放をもたらす」(福音)神の正義を土台とし、すべての人が「人として大切にされる」「喜び」のある平和の実現のために行動を起こそうではありませんか。   
  助人司祭   渡辺 泰男   

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今月の予定


  一粒会献金 10月 7日(日)
  今月は7日、第一日曜日のミサ献金の半分を神学生養成のための一粒会献金と致します。ご協力ください。
世界宣教の日特別献金 10月21日(日)
 キリストを伝えること、宣教は、神の子ども、キリストの弟子となったわたしたち皆に与えられている使命です。この日の献金は、各国からローマに送られ、世界中の宣教地に援助金として送られますが、日本の教会は、未だに海外から多くの援助を受けています。日本の教会が外国からの支援に頼るのではなく、経済的に恵まれない国々での宣教活動を支援することができるところまで成長するためにもご協力ください。
港・品川宣教協力体合同堅信式 10月21日(日)
 岡田大司教司式のもと高輪教会の10時のミサでおこなわれます。
「DV・トラウマについて、
 女性のためのこころのcare講座」2回目
 10月 5日(金)
 港品川宣教協力体福祉連絡会主催
     「世界の枠」と私らしさ
 場所:当教会 司祭館1階集会室
 日時:10月5日(金) 10時〜12時 (事前の申込は不要)
 ※くわしくは聖堂入口の掲示板をご覧ください。
    
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ご報告

 
  ご報告
 7月29日中高生会がお願いした新潟中越沖地震救援募金106,787円は9月6日カリタスジャパンに送金いたしました。ご協力ありがとうございました。
人生の実りに感謝する集い報告 9月16日
 当日はお天気にも恵まれ、たくさんの方の出席で暖かい会になりました。聖歌隊の方々の歌もあり、手作りの食べ物あり、3・5地区のお手伝いの方々細かいところまで気配りで無事閉会いたしました。準備にいたらないところもあったかとは思いますが報告にかえさせていただきます。
 3地区 鈴木)
ラブ・ステップ講演会報告
 9月23日(日)にラブ・ステップの活動3周年を記念し、講演会を行いました。今年の4月までルワンダの『ワンラブ・プロジェクト』にいらしたスタッフの小澤麻子さんより、目黒教会からの献金の使われ方、『ワンラブ』が目指すスタッフの自立支援、地元のコミュニティーにおける役割などについてわかりやすくお話しして頂きました。充実した良い会になりましたが、参加者が20数名と少なく、もっと多くの方にご参加頂きたかったと残念に思います。尚、講演会での募金が23,668円、ランチサンデーの純利益は19,573円となりました。ご協力下さいました皆様に心より感謝申し上げます。

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その他

死者のミサと講演 11月 2日(金
 目黒教会創設60周年記念
 ベネディクト会八ヶ岳三位一体修道院主催 

 19:00〜 ジョン大修道院長(米国より来日)が、全て
      のお亡くなりになったベネディクト会士と
      目黒の信者のためにミサを捧げる。
 19:40〜 古田暁氏による教会60周年記念講演「ベネ
      ディクト会の歴史、茅ヶ崎より富士見まで」。
講演後質疑応答
 20:30〜 司祭館集会室にてレセプション
  ※皆様の参加をお待ちしています
  病人、高齢者への訪問
 病気のため、高齢のために教会にいらっしゃることができない方たちのために、御聖体をおもちいたします。ご希望される方、またそのような方をご存じの方は司祭までご連絡ください。

受洗 転入 1名
結婚 転出
帰天 1名   住所・その他変更 4件
詳細は、お知らせ10月号(印刷版)をご覧ください



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